スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
. このエントリーをはてなブックマークに追加

「花王ショック」というデマ(花王製品不買に関して)

ネットを放浪していると、「花王ショック」なるものがあることを知った。
花王製品不買運動の根拠として用いられているらしい。以下に、ニコニコ大百科の「花王ショック」の項を引用する。


花王ショックとは、テレビ業界、広告業界用語で、2003年に花王がテレビCM本数を下げ、店頭での販促広告に回したことで売り上げを増やしたことを指す。後に大手企業もテレビCMの本数削減を行っていく。
それまでテレビこそが広告メディアの王様と言われた中でも衝撃的な事実となった。

しかし、後述するエコナの販売停止に至る顛末によって、花王はCM本数を大幅に増やしている。



一時期、wikipediaの花王の項目にも誰かが編集して、この「花王ショック」が掲載されていたようだ。
花王製品の不買を主張する一部の人々は、この「花王ショック」を信じている。彼らによれば、花王がテレビへの広告費を減らしたことで、花王が広告業界に反発を食らい、それに懲りて逆に広告業界に従属するようになっただとか、また、危機感を強めた広告業界が花王に接待攻勢をかけて花王がそれに取り込まれた、ということである。
(http://okusama.jpn.org/kao/wiki/wiki.cgi?page=%A4%CA%A4%BC%B2%D6%B2%A6%A4%CA%A4%CE%A1%A9など。
まぁ、「花王ショック」で検索してみるのが早い。)


ところが、この話、実は無根拠であり、しかも、事実に反している
それは、花王の2003年前後の決算報告資料(最後にURLを掲載)を見れば、一目瞭然である。
決算報告資料の11pには、「主な販売費及び一般管理費」が掲載されており、その内訳も掲載され「広告宣伝費」と「拡売費及び販促費」も掲載されている。

先ほどニコニコ大百科から引用した花王ショックの項目に書かれていることが正しいのならば、「2003年に広告宣伝費が減少し、逆に拡売費及び販促費(以下、販促費)が増加している」のでなければおかしい。しかし、現実は逆で、03年度には広告宣伝費は84億円増(742億→827億)に対し、販促費は37億円減(377億円→340億円)となっている。(あくまでも、2003"年度"のことではあるが。)また、02年度を見ても、「花王ショック」で主張されるような広告費大幅減に販促費増の動きは無い。

このことから、「花王ショック」はデマである、と判断するのが妥当だろう。なぜなら、花王が広告費を削って販促に回したという事実が無いからだ。
もっとも、花王が粉飾決算しているのなら話は別だが(笑)


なお、「2003年に売り上げを増やした」ことについて、確かに花王は売り上げを伸ばしている。しかし、花王は2003年度まで23期連続で売り上げを伸ばしている上、03年度の売り上げの伸び率が特筆するほどズバ抜けているわけではない(2005年(平成17年)3月期 決算説明会資料を参照。02年度~04年度の売り上げや営業利益が掲載されている)。


そんなわけで、ネタ元となってくれたニコニコ大百科に感謝しつつ、wikipediaの「花王ショック」というデマを訂正しておく。
wikipediaでもこれをwikiに載せようとする人々と無根拠だから削除しようとする人々によって編集合戦(編集の泥仕合になって荒れることをこう表現する)になったようだが、私の編集は果たして「無かったこと」にされるだろうか。

もし、「花王ショック」を信じている人がいて、それを根拠に花王製品の不買を唱えていたら、笑って訂正してあげてほしい。



・参考(pdf注意!)
2003年(平成15年)3月期 決算説明会資料 http://www.kao.com/jp/corp_ir/imgs/presentations_fy2002_02.pdf
2004年(平成16年)3月期 決算説明会資料 http://www.kao.com/jp/corp_ir/imgs/presentations_fy2003_02.pdf
2005年(平成17年)3月期 決算説明会資料 http://www.kao.com/jp/corp_ir/imgs/presentations_fy2004_02.pdf. このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーサイト

テーマ : 愛国心
ジャンル : 政治・経済

「一人でも平気な人」にならないほうがいい  「『一人でも平気な人』になりたい」

ぼっち

ニコニコニュースに「一人でも平気な人になりたい!」という記事があった。(http://news.nicovideo.jp/watch/nw558782
この記事は、「一人でも平気な人になりたい!」というネット上の相談を取り上げた記事。
それについて一言。

これを書いている人(=筆者)は、「一人でも平気な人」に分類されるが、そもそも、普通に育ったヒトというのは集団でいることに安心感を覚える動物だと、私は思う。動物界には、集団を組織する動物がイヌからカラスまでいるが、あれらの集団を作る動物と同じくヒトもまた、集団を組織する動物であるし、それが自然な姿である。そうであるならば、それらの動物と同じようにヒトもまた、一人であることを嫌うはずである。ゴキブリが本能で光を嫌うように。

元ネタの回答を見ると、「cocosyuna」さんの断定口調は印象に残る。

人は孤独には勝てません。
それは決まっています。
「私は一人が好きなんだ」と言っている人も
本心では誰かといたいと思っているはずです。



この人は「一見、一人が好きといっている人もそれは偽装してそういう態度を取っているだけで、実は誰かといたいんだ」というようなことを回答に記している。こういう考え方の人は結構多い。私は間違っていると思うものの、まぁ、おおむね正しいだろう。実際、寂しがりやで「一人が好き」と言っていても、それは強がりだったりすることはよくある。この回答者も自分の感覚や経験から「だれしもが本心では誰かといたいと思っている」と導きだしたのだろう。

しかし、一部の人の直感や経験を裏切るかのように、世の中には「一人が平気な人」は存在する。
そういった人たちは別に努力してそうなっているわけではない。ただ単に、人生のある時点で一人であることを余儀なくされ、一人であることに慣れただけである。一人に慣れたからこそ、一人で観光地に行っても平気であるし、一人でファミレスで飯を食っても平気なのである。

だから、それにヒトにとって自然の状態が「群れている状態」である以上、そこから「一人で平気」の状態になるまでには寂しさを味あわなくてはならないし(まぁ、そこも人それぞれであるが)、特に、今そうでないのに一人で平気になろうという人間がどのくらいの恥ずかしさや寂しさを味わうかは知れたことなので、別にそう努力することも無い。

むしろ、「一人で平気」は害悪にもなりうる。本当に「一人で平気」であると、人間関係で煩わしいことが起きたときに「もういいや」と丸ごと人間関係を放棄しやすくなるし、引きこもりやぼっちも長期化しやすくなる。「集団でないといられない」という気持ちがあったほうが何かと社交的になるものだし、孤独を嫌う心を持ちつつ制御しながら生活するほうが健全な生活を送れるだろう。また、社会的な成功も人とのつながりを求める気持ちから生じることが多い。

したがって、「一人で平気」になろうとするのでは無く、一人になることをどこかで怖れながらもそれを制御していくようにするべし。


一人を怖れたっていいじゃない、人間だもの(みつお)

あぁ、これが言いたかっただけです。
おしまい。


【追記】

twitterで、狐好きの方から教えていただいたサイト。
http://siberiandream.net/topic/pet.html

ここには、ふるまいによる選別(人好きな狐を選ぶこと)で、人を恋しがってやまない狐を作り上げることができた事が書かれている。この事例を人間に当てはめると、人もふるまいによる選別で「他人を恋しがってやまない人」に進化したのではないかと思える。人を恋しがってやまない人の方が他人との接触機会を求め、そういう人はそうでない人に比べ、子孫を残す率も高い。

「人が恋しくてたまらない」というのは、進化の産物かもしれない。. このエントリーをはてなブックマークに追加
検索フォーム
プロフィール

Forlost

Author:Forlost
黒歴史なんだよなぁ・・・。

RSSリンクの表示
リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
ゲーム
6926位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
PCゲーム
957位
アクセスランキングを見る>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。