・「傍論だから無効」の妥当性
・「傍論だから無効」が生まれた原因
・「傍論が法的拘束力を持たない」ということはどういうことか?
・おわりに
引用元;http://blog.livedoor.jp/nankai2000/archives/65291935.html#more、途中の(略)は筆者によるもの。1 名前: 目打ち(北海道)[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 23:13:04.22 ID:+RRgKGtH ?PLT(12000) ポイント特典
センター試験に「外国人参政権容認」?の設問 (1/2ページ)
2010.1.17 23:01
16日に実施された大学入試センター試験の現代社会の問題の中で、最高裁が
外国人参政権をあたかも憲法上問題ないと容認する立場であるかのように判断さ
せる記述があり、インターネットの掲示板などで批判の書き込みが相次いでいる。
識者からも「不適切」との声があがっている。(安藤慶太)
(略)
百地(ももち)章日大教授(憲法学)は「不適切な出題。外国人参政権付与に
法的にも政治的にも多くの批判があり、まさに今重大な政治的争点になっている。
判決自体はあくまで憲法に照らし認められないという立場なのに、傍論の一節の
みを取り上げて、最高裁の立場とするのはアンフェアで一方に加担している」と
話している。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100117/plc1001172302015-n1.htm
58 名前: ペトリ皿(兵庫県)[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 23:33:37.73 ID:y+et6NNv
憲法的には、外国人国政参政権は禁止説、
地方参政権は許容説をとるつーのが裁判所の見解だろ
特に何も間違ってないのに不適切とかなんなの?
バイアスかかってるのはどっちなんだろうねw
86 名前: 飯盒(山口県)[] 投稿日:2010/01/17(日) 23:43:56.90 ID:DMlqzWUs
裁判官の個人的な意見であるはずの傍論を
最高裁判所の意見だとすりかえてる所が問題
69 名前: ドラフト(catv?)[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 23:35:41.86 ID:IsJdqulH
傍論だから意味ない
とか意味不明なこと言う子供がなんかよくいるんだけど
法学の先生に言ってきたらいいと思う 相手にされないだろうけど
・はじめに
最近、ブログの更新が滞り気味なことからも分かるように、私の生活はネットとは以前より少し疎遠になりつつある。ネット回線の不調が主たるもの原因だが、最近、突然復調した。これは一時的なもので、おそらく2〜3日後にはまた不調に戻るだろう。ネットの回復のついでに、ブログを久しぶりに書いてみる。
さて、記事は今期国会で法案が提出される予定の外国人参政権に関するホットな話題を、センター問題中に出したから云々というものをやや下品な電撃速報から引いてきたものであり、両翼の皆さんが飛びつきそうな代物だが、私が特に興味を持ったのは、引用中の86が出したような傍論を根拠に判決全体を極度に軽視する「傍論だから無効」論である。引用本文の外国人参政権云々の是非は今回あんまり関係ない。
・「傍論だから無効」の妥当性
はっきり言えば、「傍論だから無効」は傍論に関するだけに暴論であり、全くの嘘でたらめである。「判決文の一部も判決文として意味を持ちますか?」という質問は議論の余地も無い。事実を確かめたい人は書店へGO!
ちなみに、その傍論が主となった著名な判決に朝日訴訟判決がある。朝日訴訟判決の主文と理由は「本人死去の為に棄却する」といった簡素なものであるが、そのあとの「念のために」で始まる傍論でプログラム規定説が展開されたために「念のため判決」と呼ばれる。
・「傍論だから無効」が生まれた原因
少し調べるか、もしくは知っていれば、「傍論だから無効」がちゃんちゃらおかしいという事は理解できるが、何故、それでも「傍論だから無効」という意見が降って湧いてくるのだろうか?我がブログの調査班がネットと頭脳の一部と5分を使って調べた結果、以下の3つがその理由として妥当だろうと思う。
1.傍論という言葉が与える印象
まず、第一に考えられるのが「傍論」と言う言葉が与えうる印象である。傍論の「傍」は、「かたわら」と言う訓読みからも分かるように、本質の「傍ら」にあって決して本質で無いような印象を与える。また、路傍の石などという使い方から、さして「重要で無い」イメージも受ける。
したがって、何も知らない人が「傍論は重要じゃないから無効!」と言われたら、それなりに説得力のある意見(?)として信じてしまうのだろう。
2.政府によって無視された前例
第二に、「傍論だ」という理由で自民党政府によって平気で無視された前例があるので、「傍論だから無効」は論理はともかく、実感として納得できなくも無い。特にネット右翼層にとって、この暴論はかなりの実感を伴うだろう。
なぜならば、ネット右翼黎明期のヒーローであった小泉首相(当時)による靖国参拝違憲が「傍論で特に罰則も無いから無視するモンね。」として、無視された一例だからだ。
この例は、現在の日本の法では、「首相の行為が違憲であるか?」自体を直接、裁判に於いて問う事は出来ないために、司法に首相の行為が違憲であったかを判断してもらうと思うと、違憲合憲判断はどうしても「傍論」となるわけだから、「傍論」を理由にした暴論を使われると何とも言えない。
何はともあれ、傍論に関する傍論はある意味、小泉元首相のお墨付きだともいえる(?)
3.ネットが孕む危険性
そして、傍論デマの最後にして最大の要因が、インターネットである。何も法律的知識を持たず、疑問点などをインターネット検索に頼りきっている人がこのデマを信じやすいだろう。なぜならば、調べ方によっては、ネット上に平気で「傍論だから無効」と書いてあるからだ。
試しに「外国人参政権 傍論」とGoogleで調べてみよう。上位10個のタイトルは以下のとおり。
1.日本における外国人参政権 - Wikipedia
2.外国人参政権がなぜいけないか
3.【主張】外国人参政権 「違憲」の疑い論議尽くせ - MSN産経ニュース
4.外国人参政権は最高裁で違憲判決じゃなかったんですか? - Yahoo!知恵袋 -
5.外国人参政権に反対する会・全国協議会 公式サイト
6.外国人参政権傍論の洗脳性 - 高校生のブログ柏発信
7.「センター試験設問で「外国人参政権容認?」」:イザ!
8.「傍論」を含むブログ - はてなキーワード
9.村田春樹_外国人参政権傍論の解釈はこれだ!‐ニコニコ動画(9)
10.外国人参政権 傍論 の動画検索結果
・・・とまぁ、1、8、10を除いて、全て外国人参政権反対派のサイト、動画が軒をならべてる。(このなかで9番の村田春樹さんは「キリスト教は反日!上智大らも反日!」とか言っていた新風関連の人だったと思う。)
実際に「傍論」について、これらのサイトでどのように説明されているか、一部だけ引用&解説してみよう。
2.外国人参政権がなぜいけないか
なぜこのような矛盾する意見が傍論として書かれたかはともかくとして、これが法的効力を持つかどうかと言えば、答えは「効力を持ちません」。
傍論はあくまでも裁判官個人の感想であり、判決内容には影響しないのです。
したがって、この判決を根拠に「外国人に地方参政権を認めるのは最高裁も認めている」という意見はまったく根拠の無い嘘です。
傍論は感想文・・・夏休みの宿題かよ^^;
賛成派にとって、判決(傍論を含む)が外国人に地方参政権を付与する根拠ならば、『「外国人に地方参政権を認めるのは最高裁も認めている」という意見はまったく根拠の無い嘘』という意見はまったく根拠の無い嘘です。(論理学で見るような文構造w)
6.♪高校生のブログ♪柏発信
外国人参政権傍論の洗脳性
2009年12月14日 | 軍事
傍論の便利さ加減
民をだまくらかすには 傍論 が一番。。
晒し。
ネットで安易に調べて鵜呑みにすると「傍論だから無効」の発想に至るのも無理ならぬことかな。
ネットによってマルチ商法的にデマが広がっていく。
・「傍論が法的拘束力を持たない」ということはどういうことか?
反対派のサイトをさらっと読んでみて気づいたのだが、ほとんどのサイトで「傍論には法的拘束力が無い!だから無効だ!」と鬼の首を取ったように嬉々として書き連ね、自覚を伴ってか、それとも無自覚にだろうか「傍論だから無効」への誤発想へ至らしめるようなミスリードが見られる。「法的拘束力」という言葉の曖昧さに乗じたイメージ操作とでも言うべきか。
しかし、少しややこしいかも知れないが、傍論が法的拘束力を持たないことは当たり前のことであるし、それだからといって、傍論が無効というわけではない。
まず、法的拘束力が発生するかしないかというのは、主に法的に拘束されるような義務が発生するかしないである。
そして、判決文の主文と理由というものは、具体的な事実に対して下されるものであるから、法的拘束力を持つ。例えば、殺人に対しての「被告人を死刑に処す」という判決は法的拘束力を持ち、国は殺人犯に対して死刑を執行する義務が発生する。
これに対して、傍論は架空のことを述べたり、判決とは違う主旨のことについて述べられているから、法的拘束力を持たない。例えば、外国人地方参政権が合憲だという傍論は、まだ可決も施行もされていないような「外国人地方参政権」という架空のことについて論じているので、これに対して合憲という判断が下されたとしても、誰にも何の義務も生じない(=法的拘束力が無い、=政府が外国人参政権を与える義務は無い)
反対派が「法的拘束力が無い!」と叫んだときに示すものは「政府が外国人地方参政権を与える義務は無い」ということだけである。賛成派が該当の傍論を賛成の根拠にするのは、もし、将来、外国人地方参政権が成立して傍論で述べられたような内容についての司法に委ねられた時に、合憲という判断が下るだろうという事実予見性を持っており、今後の司法の判断を事実上ある程度拘束するだろうという点であるため、法的拘束力とは何ら関係なく、根拠の一つとして成立している。
反対派で特に「傍論だから無効」と叫ぶ人々はこれを曲解して、「法的拘束力が無い=傍論に意味は無い、裁判官の勝手な感想文、影響力が全く無いもの」と判断してしまうのである。
・おわりに
「傍論だから無効」の一文を取り上げて、私なりに話しを膨らませてみたがどうだっただろうか?
「判決の傍論なんて無意味だよね〜w」という誤った方向性の議論に水を差すために書いてみたが、この一連の文は「傍論だから無効」について述べたもので、筆者の外国人地方参政権の賛否を述べたものではない。
判例にもならないのだよ!
ここは、在日の巣窟か???
暴論?あなたが書いてる文書の事ですか?
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